或る阿呆のナマステ

それこそひそやかに

友達の友達が、最近風俗嬢になった女性と付き合っているらしい。かれこれ三年ほどの付き合いになるそうだ。
新人風俗嬢、彼氏を前にして曰く
「煙草が細すぎて吸えないからあなたが吸って」
彼氏それに答えて曰く
「俺煙草吸えないよ」
「私吸えない他人のちんこ吸ってるのよ」
「それお前の意思だろ」
副流煙でいいから吸いたいから吸ってよ」
「やだよ」
「じゃあもう無理だね別れようか」
「ちょっと待ってくれよ」
こんな面白い話なら友達の友達、赤の他人の自分まで回ってくるよねえ
風俗嬢になっても付き合える寛大な男が煙草を始めるのを渋る。
よくわからんが、と言うことは煙草を始めることは風俗業に関わり始めるよりもインモラルなことであると。楽しい!

泣いたって駄目だよ逃げられねえよ

互いの勝手知ったる仲でも全然無いが、好感の持てる人間に
「面白い人ですね」
と言われる。
「何が?顔が?」
「いや、何となくですけど」

それを友人に話すと
「それは最高の誉め言葉だよ」
と言われる。
周りの人間が自分にどんな印象を持とうが関係が無い。とか言うのは周りが自分をどう思っているか気になって仕方が無い小心を踏まえた虚勢だ。
そこにいるだけで面白い人間と言うのは確かにいる。
存在していることが面白い人間と言うのは哀れだ。異物だ。残念ながらそういう人間はいくら努力しようとも環境に適応できない。環境との隔たりは、その異物感で以て狭まることもないがその存在のユニークさで以て拡がることもない。その人間が作る磁場に環境が絡め捕られ、環境のほうから遠ざかっていくことを許さないのだ。がしかし環境も同じように、より強い磁場を形成している。ユニークな人間はその中で自身の磁場を構築し、外部から縛られながら内部を縛り迎え撃つ。
当然ながらユニークでない人間と言うのは存在しない。上記の屁理屈は万人すべてに共通する。
気づくか、気づかないか。対人の齟齬に気づけば自身がどれだけその絡め捕られた網の中で足掻き軋んでいるかが分かるだろう。もがけばもがくほどに網はがんじがらめに全身に絡まり、抜け出すことが難しくなっていく。
遍く人間と言うのはいつか必ず主に取り込まれ網の主の栄養素となり役割を終える。ユニークな人間と言うのはその工程渦中にある哀れな存在を指す。
抗えば抗うほどに糸は絡まり主への距離を自ら縮め没個性への近道となるが、無抵抗はその時点で死を意味する。
さてどうしよう。意図を焼き払ってみようか。

逃げ込んだ高架下で口ずさむ

息が詰まる。自分の部屋にいると吐き気がする。引っ越してから一ヶ月が経つが、やっぱり自分の部屋は駄目なのだ。
自分の意識の如意のまま創り上げられる環境。それが次第に生き物となって自分に圧力をかけはじめる。俺を創ってくれ、俺を造ってくれと自分に懇願するのだ部屋が。
おかしい。自分の意識で以てつくった部屋が自分を圧迫する。創造意欲の産物が自分を息詰まらせる。なんだこれは。
耐えられない。プロミスリングを聞いて盛り上がろう。失敗した。部屋が怒ってる。
弟の部屋で最近は寝ている。弟が朝帰り人だから。夜中に帰って来た。たたき起こされた。泣く泣く渋々自部屋で就寝。
ひょうたん「宇宙の傍らで」を聞きながら寝煙草。
「憂える僕らの部屋に宇宙人がやってきて15年前と変わらず許してくれる」
その一節に煙草を落とす。
15年前の今頃は以前の住居に住み始めてちょうど一ヶ月のころ。ぼく6歳児だった。
6歳児の様な無垢で以て自分の部屋を構築しようかな。

お前の夢を見た(ふられた男)

以前付き合った女性に横浜へ呼び出され、居酒屋で飲み、鯨飲し、気づいたら彼女の部屋。午前四時半。
枕元を見遣るとコンドームの空き袋がふたっつ。
「やっぱり無理だから、やっぱりやり直さないほうがいいね」
言いつつ彼女は羅針盤「むすび」をかけた。
俺のセックスがいけなかったのだろうか。しかし昨日の記憶はないのだ。
その提案を受諾すると彼女はスミス「THIS CHARMING MAN」をかけた。
朝七時半に帰宅し仕事。死に物狂いで地面のガリを掘り出す。18時半終了。
Braidの「THIS CHARMING MAN」を聞き、笑いが止まらない。

日付の変わりしな、帰り道いつもの廃屋を通りすがり、その家の朽ちかけな壁に、六本足の黒光りの張り付いているのを確認した。
アンテナか。虫かと思ったよ。化け物みたいなね。
あれは動かないだけで、暗くてよく見えなかっただけで本当は虫でもいいんだろうなあ。どっちでも俺には関係が無いなあ。関係のあることだけに執着したいなあ。
やはりその六本足は虫だった。俺の頭めがけて跳んできた。ああくそ俺に関係しやがってこの野郎めんどうくせえ。持っていた原付の鍵で応戦した。追っ払った。跳んでいった。
煙草がまずい。体調が悪いようだ。
こんな正夢は見たくなかったものだ。夢にうなされ現実で同じにうなされこれでは夢が夢の機能を果たさないじゃないか。正夢なんてものは当たって初めて正夢といえるんであってそんなの宝くじと同じじゃねえか。畜生ほとんどごみ同然だ。
芳しくない機嫌で帰宅して部屋に篭って、あれがやっぱりアンテナだったら少し面白かったなあ、などと極めてつまらないことを考えて自己嫌悪の蟻地獄に陥没。別に関係してるものの正体がなんであれどうでもいいなあ。面白いほうに解釈して勝手に楽しんでやろう。
あれは北が開発したスパイ兵器だ。日本全国に既にばら撒かれている。そいつらは人の頭に取り付き同化し、卑猥な言葉を日本語で口走らせるのだ。その刹那、卑猥な言葉を口にした人間は死ぬのだ。俺は原付の鍵でそれを追い払い事無きを得た。
俺はなぜか卑猥な言葉を口走ってみたくなった。なんだか、あれにとり付かれなくても、そういえば卑猥な言葉を言ったら確か人は死んだような気がするなあ。
なぜだか、それを決してしてはならないと思えば、またなぜか口にしてみたくなるのだ。……ああ卑猥な言葉を言いたい!言いたくて仕方が無い!なんてなんてもどかしいんだ!言わせてくれ!喉も裂けんばかりに両親を目覚めさせんばかりに言わせてくれ!ああ言うぞ!!よし言う!!!やめろ死ぬぞ馬鹿!!!!!!!うおぉーああー


俺は毛布にくるまり口をつぐみ、おののきながら朝を待たなければならない。頭の中は卑猥なことでいっぱいだ。下腹部が怒張し続けている。寝付けるはずも無い。長い夜になりそうだ。夢を見ないですみそうだ。

友人と、友人のライブを見て、ベースが弾きたくなる。
友人のバンドは、何回見ても同じライブをやる。プロだと思った。
同じものを再現するというのは吐き気を催すほどの集中力を要する。構築創造の類は、集中とは無縁なほどリラックスした状態から吐き出される。リラックスから集中へ。気分の転換と言うより、むしろ相容れない、相克すべきもので。
活動と言うのは発起→構築→相克→反復→反復→反目→発起という串団子的無限ループ地獄の中で循環するものであることを思い知らされた。

15→→felt so cold

自身の依存体質について真昼から思索を巡回させる。15歳からだんだん寒くなってきました。20を超えてから何かに依存しなければやってられなくなってきました。
アルコール、煙草、「その他」、その三つから成る連環に依存しきっている。このトライアングルが生み出すものは、安らぎではなく焦燥である。人生がすげーくさい。
焦燥に駆り立てられまた会うべき人に会いに行く。バンドの練習をする。
音楽に依存していると思っていた時期があったが、そうではなかったと、よしんばそうであったとしても今は違う。
上記三つの連環からやってくる焦燥で、音楽に拮抗する。音楽は敵である。対峙していて本気になれるのは敵対関係の存在だけだ。屹立する神経がギシギシギシアンと。
NO MUSIC,NO LIFEとはずいぶん厚顔恥知らずなコピーだ。
バンドを編成する上で最優先すべきなのはメンバー個々人の人間性だ。
バンドにおいてもっとも必要なのは緊張感だ。
つまり他人に緊張感を強いるような人間同士が集まればいいのだ。それは敵対の関係といえる。バンドの練習2時間はコピーバンドの練習6時間分に相当する疲弊を催す。
自分はこれからバンドのメンバーを嫌い抜くことにした。稚拙極まりない短絡的な結論であることは自明だがなんかもうめんどくせーどうでもいいそれでいい

サークルでやるコピーバンドを超える達成感を得るためにはそれ以外に方便がなさそうだ。何が言いたいかと言うとサークルでやるコピーバンドは楽しいなあと言うことだ。