寒き夜

何も無い一夜に部屋に帰ってタバコ吸ったらいつの間にか暖かくなっていた
ああ今日は日曜日か。木曜日か?日曜日か。パチンコ行こうかな
夏休みの宿題をずっとやっている。自由研究のテーマ決めが9年経っても終わらない
気付いてみたら寂しい人だった

自由研究のテーマ決めみたいな共同作曲作業。何やったって最初から高が知れてんならさっさと決めてしまえ。夏休みがおわんねえ

驚きと感謝込めろ

モラトリアムが終わったみたいな顔した私をただただ私自身が見ていた。腑抜けてみていた。
もはや当為と化した虚脱感。私は誰かの家畜になりたい。誰も飼ってくれそうに無いので私自身の家畜になった。
飼ってはくれなくともみんな私に好意的に接してくれるので私は驚きと感謝を心根から込めて跳ね返す突っぱねる!

久々に何か、電子的なこのしばらくぶりのスペースを埋めてみようかと思ったらまたこんな文章だから友達いねーぜ性格本当に暗いぜ。いや本当は明るいんですよ

町田

変な街だ。駄洒落ですよ。
神奈川でも東京でもない(地理的には東京都だがあんなところ東京都ではない)。横浜のように神奈川最大に繁華したような煌びやかさはない。むしろ空気治安のひどく淀んで、これは新宿渋谷のそれのように感じられるが。やはりビル並びなどは戸塚、は言いすぎか、しかしやはり神奈川特有のどこか貧相な立ち並び。各大型店舗の雑居ぶりはやはり東京チックなのであるが、通りに横溢する負の淀みを吸い込んでくれるような求心力はセンター街の各店舗のそれには遠く及ばない。店舗も通りを歩く若者外人冴えない学生も全て迷子に見える。町田の迷走。おかしな街だ。

「過去はいつでも晴天だ」
と言ったのは安吾だ。「私は女よりも海を抱きしめていたい」「生きよ堕ちよ。それでも堕ち切れぬのが人間だ」などと、はなから諦めている人間がしかし顧みれば翳りのない青空が真っ先に現出するらしい。
戦時中に東京に居座り物見の心地で空襲を見遣り、焼け跡を死体を見遣り、その心中たるや?それも未来には晴天。信じられない。自分には、安吾は気狂いか世界一のハッタリ屋のどちらかとしか思えない。あるいはハッタリを信じ切る気狂いなのか。とここまで考えて、考えてみたらそうか、過去はいつでも晴天だ。呑気なもんだ台風一過の晴天だけ覚えている。頭が弱っているのだろうか。
では傘は未来の、もしくは現在のために使われるべき道具なんだろうか。天気予報も外れますしね。相合傘とかね、したいですよね。それもあとから振り返れば晴天。どうやら写真に傘は写らないらしい。そもそも雨が降ったらデートはしない。部屋で腐る。そんな日のことは覚えていない。
しかしやはり諦めながら生きていかないとこんな風には考えない。
ああ原付にキー挿しっぱなしで駅前に置いてきた。ぱくられたろうなあ。午前0時に無事原付は変わらずそこにあった、ああ無事なる一日。快晴也哉。そんな今日だった。

口八丁 or 手八丁

赤頭巾ちゃん「おばあさんの口はどうしてそんなに大きいの?」
狼「ちょっとおもしろいでしょ」

ちょっとしたユーモアでかくして狼はエンターティナーとなりえた!これは天地がひっくり返ることよりも重大なことである。マントルが露出することよりも衝撃的なことである。
柔らかい少女の肉を食むために策を巡らせ逡巡した狼であったがあまりの少女の無垢な問いかけに狼はこのときユーモアを獲得した!スガタカタチなど度外視して、狼は人間となったのだ!そう人間とはユーモアである。ユーモアとは芸術である。芸術とは人間である。人間とは文章である。文章とは循環である。循環。輪っか。友達の輪よ広がれ!!!
流れるプールで一人浮かびながらそんなことを考えた。ちょっとおもしろいでしょ。ほら循環した。循環する文章。つまり最初から何も書かないのと同じと錯覚する文章。文章とは循環すべき性質のものであり文章の意義とはユーモアに帰依していく。

明日が時間切れ

バイト前に部屋でビールを飲みつつそのままうたた寝こいて寝覚めたら部屋の中が煙だらけ。プラスチックの溶ける臭いとニコチン特有の目の染みるので気が気でない。ゴミ箱が燃えている。めらめらと燃えている。じりじりと、吸殻がプラスチックとい草を燃している。大騒ぎでゴミ箱を抱えて燃える畳を踏み消し風呂場へダッシュ。ちなみにその時部屋ではマイナースレットがかかっていました。
真っ白な部屋は二時間経っても三時間経ってもまだ真っ白。ああ煙ってこんなに往生際の悪いものだったのね、ライジングサンの大トリを務めるだけあるわあなどと下らない事を考えつつ煙草を吸う。吸う吸う。ビールも三本目。当然天網恢恢により電話応対のバイトに赴けば4時間電話なりっぱなしのクレーム垂れ流されっぱなし。
「冷凍食品に入ってたドライアイスが溶けてたじゃないの!」
「いや、プラスチックが溶けるよりマシでしょ」
「は?」
「いや実は私、今日家で小火を起こしましてね、プラスチックのゴミ箱が燃えて凄い臭いがしたんですよ」
「いやだからあのね」
「だから煙なんか無いほうがいいんですよ、ドライアイスなんかね」
「この日記はどこから嘘なの」
「あなたから電話を頂いたあたりからですよ」

ロス そうロス ああロス

宇多田ヒカルの歌声はα波を聴き手の脳ミソに与えるそうだがあんなアレンジじゃアドレナリンないし溜め息しかでねえよなあなどといまさら考えながらサークルの先輩に教わったリフを小一時間引き続ける。音に対していかに無自覚だったかを痛感した一時間だった。
「弾いたことを後悔するくらいのアタックで弾いたことを忘れたようにすぐ左手の指を浮かせ」
「他弦を、押弦してる指でミュートするとハーモニクスで鳴るからだめだ」
そのあとRITES OF SPRINGをはじめてアルバム通して聞いたがやはりギー・ピシオットのボーカルは落ち着く。α波が間違いなく脳内に横溢する。胃酸で胸焼けするように硫酸のような虚実浸透液がシナプスを潤す。パティスミスみてーな唱法だもんよー
して件のRITES OF SPRINGを聞いていて楽器隊のあまりの奔放さに救われたような気分になった。先の先輩いわく
「ロックなんて全部薄っぺらいく聞こえちゃう。音に対してあまりに無自覚だ。あるいはポストロックとか俺わかんねえよ。無難な、どの楽器も逸脱しない音楽とかわかんねえよ」
ポストロックについては自分も共感できるがやっぱり若いっていいなあ。エレカシかっこいいなあ