或る阿呆のナマステ

それこそひそやかに

行員矢野、後藤両氏

町田のラーメン屋の前で煙草を吸いながらにその日一日のダイジェスト版を頭の中でつくっては捏造し改良し俺は今日もすばらしい人間だったと満足し小田急線に乗って帰宅する。改札口を抜けながらその日一日の本当がフラッシュバックして俺は今日も何も言えない人であったと実感して夢見悪しき明日の夕暮れを想像しながらキャバ嬢跋扈の車内の中朝焼けに救われる気持ちを覚えながら帰宅する。ゆらゆらする。車内でおっさんがゆらゆらしている。体育会系の学ラン坊主がゆらゆらしている。三十路キャバ嬢がゆらゆらしている。車掌はゆらゆらしていない。人間は生まれてから死ぬまでに何回ゆらゆらするのか。その限られたゆらゆらのなか、乗客みんなでゆらゆらを共有できるこの瞬間は非常に貴重であるように感じられますね。ほらそこのねえちゃん、iPodのケツ名士でゆらゆらするのはやめてこっちでみんなでゆらゆらしよう。運ちゃん、ゆらゆらを止めないでくれ。僕たちはゆらゆらを求めているんですよ。終点までノンストップで行き着いてくれ。寝てんじゃないよ君もあなたも。みんなでゆらゆらしよう。ゆらゆらの仲に行きずりのリビドーをこめて行き過ぎた想像もゆらゆら蜃気楼だ。その砂上の楼閣から明日はゆらゆらしている。明日もゆらゆらしている。先のことなどすべて見えている。なんだかかなしい。そういってもその言葉面もぐらついて怪しいものだ。うるせえ!、って誰だあなたは?あ、すいませんすんません独り言が多かったっすかね?あ、寝ますねじゃあ。夢うつつの中ゆらゆらする。死んでないお母さんを死んだことにして感傷にふけりゆらゆらする。死んだおじいちゃんが生きていたことにしてげんなりしてゆらゆらする。本当はふらふらしていたことに気づきゆらゆらする。どこを縦読みそれなんてエロゲ?しっかり生きてそれから死になさい?二枚舌ってなんかえろいなってそりゃそうさ。
「深爪ウォッチャーさんはどこをどう縦読みですか?」
「えーと、ゆらゆらし始めたこ」
「うるせー」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもないです、続けてください」
「えー、父が伊勢えびを密漁してき」
「うるせーよ」
「はい?」
「つづけなさいよ」
「あ、はい。えー、二十歳になった日に親父にウイスキーをすすめら」
「帰れっつってんだろうが!」
「はーい」
「それでいつからゆらゆらしはじめたんですか?」
「えー、学芸会で演者全員の影の役を一任された日の、その晩からか、あるい」
「はーい」
「はーい」
ゆらゆらゆらゆら。
町田のラーメンを食いながらゆらゆらする。湯気と反対方向にゆらゆらしてみる。店員が訝っている。店員もゆらゆらしている。眼科へ行こうかな。眼窩並行かな。行く暇が無いな。