或る阿呆のナマステ

それこそひそやかに

喘ぐ鉄塔

今日も深夜に居堪れず私は家を出た。
遠くでは人々の、平静に復したと見える喘ぎが、天球に憧憬を抱き、様々の鉄塔に登り節々で赤く明滅する。
「喘ぎというものは畢竟姦しいのだなあ」
ひとり、造成地のフラットを駆けずり回る私の真上に新月。夜はこれから。だが私は何処へ行けばいいんでしょうか。
あの鉄塔は、最早市井の嘆息の他を受け入れることはない。
あの灯台は、終生イチジツの不実を照らすのみ。
あの公園は、平穏の裡に濁る憂いを看過するばかり。

 無論のこと、私は無宿者ではない。就くべき床もあれば家賃を折半する愛すべき中国美人もいる。しかし深夜、私を待つのはペルソナの自部屋のみである。同棲する中国人は就業中だ。カセットテープにお気に入りの曲だけを集めて「マイベスト」なんて書いちゃうような浅薄な自己満足を平易に容認するような空間に、果たして何秒もいられよう乎。

 造成地の平坦を駆けずる私を遠くで見下ろす鉄塔。願わくばその一端に、私の嘆息も赤く光らんことを。