或る阿呆のナマステ

それこそひそやかに

乳首ドゥーン

自分と似たものしか誉めないし近くに置かないので、狭い環境の中で生きざるを得ない。
自分とは違うもの遠いものを、蛇行しながら乏しいボキャブラリーで何とか評価しようとするとそれは、その対象が物であれ人であれ、意識してであれ無意識であれなべて「皮肉」になってしまう。



友達に誘われて「血と骨」を見た。崔洋一在日朝鮮人の映画監督ということすら知らないと言う事前知識ゼロの態で鑑賞したがとても面白かった。
「世界の北野」がレイプ破壊殺人恐喝とやりたい放題。
原作(実話)、脚本、監督がすべて在日朝鮮人という布陣をなした時点で既に映画(の進むべき方向性)は出来てしまうんじゃないかと思った。
のでいっそのことその布陣で、在日問題および北朝鮮とは一切無縁の、ただ「世界の北野」が鈴木京香レイプを皮切りに悪行の限りを尽くす映画を作ってもよかったんじゃないか。それは冗談にしてもどうせDVD化された時には金俊平の暴力、暴行シーンダイジェストとか言うエクストラがついているんだろう。かなり面白かった。
中村優子の顔と裸と演技の発見。これが収穫。
はてなダイアリーを「血と骨」でめぐり何人かの感想を拝読した。たぶん↑と同じようなことを書いている人もいるはずだ。
本編の金俊平よりも、「世界の北野」にあんな役をもちかける崔洋一のモチベーションと、それを受けるビートたけしのフットワークの軽さのほうが怖い。という「血と骨」に対する「皮と肉」。蛇足だったか。でも消しませんよ。